結婚式は奇跡のような時間
人財開発室のメンバーから「芯を持った人」と太鼓判を押される人物がいる。2025年に新卒入社し、ウェディングプランナーとして活躍する田中彩夏だ。怒涛の1年目を乗り越え、周囲からはすでに“未来の幹部”として注目を集めていた。
PDPに入社後、アライアンス会場である『旧軽井沢KIKYOキュリオコレクションbyヒルトン』に配属。数々のトレーニングとロールプレイングを経て、2025年8月末に独り立ちした。ウェディングプランナーは、幼いころからの夢だったと語る。
「ブライダル業界を意識し始めたのは小学生のころでした。きっかけは3〜4歳の時に親戚の式で演じたフラワーガール。あの日、会場が温かい幸せに包まれていた光景が忘れられなくて。誰かの記憶に残る仕事って素敵だなと思い続けてきました」。
夢を叶える一歩目として、大学ではブライダル業界を実践的に学べる「ホスピタリティ・マネジメント学科」を専攻。実際に教わってみると、「思っていた以上に華々しいことだけではない」という、良い意味でのギャップを感じた。壮大なプロジェクトの裏には、プランナーの並々ならぬ努力と献身が積み重ねられていることを知った。
学業と並行し、結婚式場で婚礼サービスのアルバイトにも勤しんだ。厳しい世界であることを肌で感じながらも、ブライダル業界への憧れは色褪せなかったという。
「ゲストの笑顔や、あふれる感動の涙。そんな光景を間近で見守ることができ、“やっぱり結婚式って素敵”と心から再確認しました。日常生活の中で、自然と涙がこぼれるほどの感情に揺さぶられる機会はそうありません。そんな奇跡のような時間を支えられるプランナーへの夢は、大きくなるばかりでした」。
誰かの記憶に残る仕事がしたい。
あの時、フラワーガールとして感じた温かな空気感は、彼女自身の志となって息づいていた。
ゆるぎないブライダルへの思い
夢を追いかけ学業に励んでいた田中は、大学の講義でPDPと出会う。人財開発室のメンバーが登壇した学内講話で、業界の仕組みやPDPのビジョンに触れ、一気に心を惹きつけられた。その熱意は消えることなく、就職を見据えた1週間の長期インターンシップにも挑戦した。
「インターン中特に印象的だったのは、PDPの会場で結婚式を挙げられたお客様を招待する“サンクスパーティー”です。年に一度、思い出の場所に再び帰ってきていただくイベントを通じ、お客様とのご縁を大切にするというPDPの姿勢を実感することができました。人の温かさを感じて、PDPがより好きになりましたね」。
他社のインターンシップも経験し、就職活動では6〜7社のブライダル企業に応募。数ある企業の中で、PDPが最も親身に向き合ってくれたことが入社の決定打となった。
「面接後にフィードバックまでくれたのはPDPだけでした。手厚いサポート体制を見て、入社後のバックアップも安心だと確信。成長したい思いが強かったのでPDP WAYにも深く共感し、ここなら夢を叶えられると感じて入社を決めました」。
現場の厳しさゆえ、同じ学科の同級生たちがブライダル業界を諦めていくなか、田中は決してぶれなかった。
2025年、新卒35名の一員となり、PDPに入社した。
「挑戦せずに諦めるのは嫌だ」
ウェディングプランナーとして歩み始めた当初、田中は大きな葛藤を抱えていた。初対面のお客様に対し、どこまでプライベートな領域に踏み込んでいいのか。「こんなことまで聞いてしまって失礼ではないか」という躊躇いが、どうしても拭えなかった。
しかし、接客練習や実際のお客様と向き合う中で、彼女の意識は変わっていく。お客様の「理想の結婚式」を形にするためには、表面的な希望だけでなく、その背景にある想いを深く理解することが不可欠だ。「プロとして情報を引き出し、おふたりに最高の1日を届けるのは私なんだ」。そう覚悟を決めた瞬間、迷いは消えた。
目まぐるしい1年目を駆け抜けた田中は、晴れやかな表情でこう振り返る。
「接客をしていて最もやりがいを感じるのは、“田中さんの人柄が決め手でした”という言葉をいただけた瞬間です。私は常に“おふたりにとってのベストを見つける”をモットーにしているので、その想いが届いたのだと心から嬉しくなります」。
上司からの「数字よりも、目の前のお客様にとってのベストを追求しなさい」という言葉に支えられ、上手く肩の力を抜けるようになった。過度なプレッシャーから解放され、無理に飾り立てることのない、誠実な提案ができるようになった。
なかなか芽が出ない焦りや不安もあったが、田中は折れなかった。負けず嫌いを自負している通り、「まずは何でもやってみる」が信条だ。失敗しても何とかなる。母譲りのケセラセラな性格も相まって、幼少期から常にチャレンジングな人生を送ってきた。
「自分ができることは率先してやろう」という考えのもと、怖がらず人前に出て挑戦するマインドは、PDPの企業理念ともマッチしていた。入社前からすでにマネジメントへの意欲があり、ゆくゆくは人を導く立場になっていきたいと展望を語る。
「学生時代も部活の部長をやっていた経験があり、後輩のサポートに力を入れていました。成果が出た時の喜ぶ顔が見たくて、同じことを仕事でもできたらいいなと考えています。PDPは若い世代でもチャレンジできる環境が整っているので、後輩の活躍を応援していけたらと思います」。
ケセラセラな明るさと、内に秘めた負けず嫌いな闘志。その両輪を武器に、田中の挑戦はまだ始まったばかりだ。
PDPの未来を彩る主役の一人
2026年に創業30年目を迎えたPDPは、周年記念を盛り上げる企画「パーソナルブランディングプロジェクト」を始動。プロジェクトメンバーは全社員による投票で選出し、役職やキャリアを問わず、“3つの観点”から推薦された精鋭たちが集う。その一員として白羽の矢が立ったのが、まだ入社して間もない田中だった。
「入社して2ヵ月のタイミングで投票があったので、推薦されたことにとても驚きました。自分には何ができるのだろう?と不安もありましたが、それと同時に頑張っている姿をきちんと見てくれていたんだと、嬉しさもありました」。
プロジェクトにおいて彼女が担うのは、2026年3月にオープンした新店のPR施策だ。現在はバーで提供するデザートの商品開発という大役にも挑んでいる。
「新人だからこそのフラットな視点を大切に、臆せず意見を出すよう努めています。常に流行のアンテナを張り、新しいアイデアを提案し続けること。開発の過程で、単なる見た目や味だけでなく、詳細なペルソナ設定から深く掘り下げて考える面白さを知り、今までにないやりがいを感じています」。
田中の情熱は、現場やプロジェクトの枠を軽やかに飛び越える。自身がPDPを知るきっかけとなった大学の講話に、今年は自らが登壇者として立つ予定だという。
「講話では、この業界の本当の楽しさを伝えたいんです。式場アルバイトの厳しさだけで夢を諦めてしまう学生も多いですが、それではあまりにももったいない。ブライダルの仕事はプランニングに留まらず、セールスなど多岐にわたる魅力があります。若手から挑戦できるPDPの環境をアピールし、志の高い仲間を増やしていきたいです」。
この1年で、田中は自らPDPの価値を語る存在へと鮮やかな成長を遂げた。2年目を迎えるにあたり、「先輩たちのように、誰かの目標とされる人間になりたい」と前を見据える。同期との年次研修では、自身の歩みを可視化し、成果と課題を徹底的に分析。互いの志を共有することで、さらなる意欲を燃やしている。
「年次研修では同期の活躍も知ることができ、いい刺激を受けました。“将来はPDPを牽引するような人になる”という大きな目標に向け、まずは社内ランキングでトップ3に入るくらい成績を上げていきたい。体力、気力には自信があるので、ガッツで接客に立ち続けたいと思います」。
そう語る田中の瞳は、2年目のさらなる高みを見据えている。何事にもチャレンジする負けず嫌いな闘志を胸に、彼女は今日も、一生に一度の舞台を創り続ける。
日常を鮮やかに変える“奇跡のような時間”を、自らの手で。